「跳ぶんだキャプテン! 跳べーっ!!」「ぱしゃっ」「………セーフ!」というわけで 野球ならば9回2死・走者無しからでも4点差は普通に逆転できる。 しかしアイスホッケーでは、4点差で残り時間が10秒しかなかったら、もはや同点さえも不能である。 机上の計算はともかく(注1)、現実の試合で4点取るには最短で80秒が必要だ(NHL記録、1945)。 3点取るだけだって20秒はかかる(同1971)。10秒で4点は絶望的に起こり得ないのだ。 もう、負けている側にできることは何も無い。勝っている側がすべきことも特に無い。 NHLでは得失点差や総得点数の概念は無いので、勝敗に無関係な追加点は順位に影響しない。 同じ4点差でもこれが「4-0」だったなら、完封(誇り)をかけて最後の0.01秒まで油断できないが 1度得点を許してしまった試合では、それすらももう気にする必要が無い。 と言うわけで、最終ピリオドを12.3秒残し7対3、勝利目前のゴーリー(注A)は暢気なものである。 現在、試合の時計は止まっている。試合再開は敵ゴール近くでのフェイスオフ(注B)から。 このまま、パックが自陣に戻ってくること無く試合終了のホーンが鳴るだろう。 ゴーリーにとっては既に「俺、ここにいなくてもいいじゃん?」てな感じの残り時間なのだ。 もしもこれがグラス(草っ原)ホッケーだったなら、彼は4つ葉のクローバーをさがしたかもしれない。 だけどもここは氷の上なので、クローバーは生えていない。(毛糸と編み針も持ち合わせがない。) だから、暇なゴーリー、ダラス・スターズのKari Lehtonenは、ゴールネットの上に座る。 ほんの少し、視点が高くなる。敵ゴール前での攻防がよく見えて、こりゃあいいわ♪てなもんである。 立っていると疲れるし。かと言って氷の上にしゃがんでいるとケツが冷えるしな。 ☆
しかし、この光景がテレビ中継された直後から、スターズの掲示板は侃侃諤諤の大騒ぎとなった。 「試合を舐めるな」とか「相手チームに失礼だ」とか、そういった話ではない。 フェイスオフを映そうとしていたテレビがこの珍事に気付いて慌ててカメラを切り替えたとき Lehtonenは既にゴールの上で脚をぶらつかせて悠然としていた。 ダラスのファンは、その不思議な状態に至るまでの過程を見損ねてしまったために騒いだのだ。 「どーやってゴールネットに乗るかとゆーのが問題なんだな」ということである。
アイスホッケーのゴールの高さは127cmある(開口部122cm+クロスバーの直径5cm)。 対するLehtonenの身長は193cm。ゴールの上辺はスケート靴を履いた彼のみぞおち辺りに来る。 同じ高さの鉄棒なら、懸垂やら何たら上がりやらの技を組み合わせて征服できるだろう。 けれどゴールポストで逆上りをしたら、ネットに脚が絡んでしまう。 尻上がりから上体を振り起こすなら網は障害とならないかもしれないが Lehtonenは真に優れたホッケーのゴーリーであるがゆえに器械体操向きではないのだ。 彼の体重98.4kg(13年9月現在)とゴーリーの装備約12kgを合計すると、110kgを超す。 北京五輪男子体操(鉄棒)の優勝者の体重53kgの2倍以上である。 Lehtonenに尻上がりをしろというのはあまりに酷ではあるまいか。 更に厄介なことに、アイスホッケーのゴールは氷上に堅く固定されている物ではない。 選手が激突した際の衝撃を和らげるように、軽く力を加えると簡単に動く形で「置いてある」だけだ。 ゆえに、ゴールの1か所に全体重を預ければ、ポストは動く。または倒れる。倒れたら、怪我をする。 どこの世界にネットに乗ってアシの骨くだくゴーリーがいるのさ。 誰も、そんなことで今季をフイにしたくは無い。 では、別の上り方を考えよう。 底部が後方に張り出したゴールの形状から、ゴールが後ろに倒れる危険性は比較的薄い。 そして、ゴール後ろには、先程逆上がりで邪魔とされたゴールネットがある。 この網をよじ上るなら、装備込み110kgの体でもできそうだ。特別な技術もいらない。 しかし、このネットというのはどの程度に丈夫な物なのだろう。 スケート靴の底にひっついた金属部分で110kgの力を加えたら切れてしまわないか。 誰某の300号ゴール!などの記念碑的場面で、敵ゴールネットを鋏で切り取り保存することがある。 つまり、特殊な加工はされていない、普通の金属の刃で普通に切れる普通の繊維のようだ。 スケート靴で乗るのはやめておいた方が賢明に思える。 万策尽きてしまった。 Lehtonenの秘密は、翌日になってようやく解明された。 彼には7年半前にも同様の「前科」があったことがまず指摘され、 続いてそのとき観客によって撮影されたビデオ映像が動画投稿サイトから発掘されたのだ。 たちまち拡散されたその「解答」を見て、木曜日のダラス市民はいたく感心した。 (動画はまだ見ないでおこう) ☆
さて、前述のように、これはスターズにとっては敵地(よそ)の競技場での出来事であった。 にしてからにして。 冒頭の写真を見たときに、私の心に最初に思い浮かんだ言葉は弘文の科白ではなく 「ひとんちのゴール」という手書き文字だったのである。 Lehtonenの隣に、大福モチの袋でも置いておきたくなる絵じゃないか(注2)。 そして私は考える。あの3人娘たちは、どうやって「ひとんちのへい」に上ったのだろう?
成人の座高は身長の約0.55倍らしい。すると身長153cmの柚子の座高は84cm前後ということになる。 (柚子はもちろん未成年であるが、成長期を過ぎたという意味で成人と同じ括りにして良いだろう。) 単行本(3-p40)で彼女の座高は17mmに描かれている。塀は、画の下端=地面と仮定して61mm。 比例計算から、この塀の実際の高さは302cm、またはそれ以上あることがわかる。 一方、2014年を迎えても走り高跳びの女子の日本記録は2mにも届いていない。 つまりスポーツ万能な和音様でさえもこの塀に走って飛び乗ることは不可能なわけだ。 和音で無理なものが柚子と史緒にできるわけがない。 細かく言えば、塀に乗る際には足が掛かっても構わない。高跳びをクリアする跳躍は不要なのだが 塀の上に留まれる程度に勢いを殺して飛ばねばならぬわけで、寧ろ難易度は高いとも言える。(注3) 棒高跳びならば中学生でも3mを越せるようだが ポールの長さよりも狭い道で、いったいどうやって跳べと言うのだ。 だが、着眼点は鋭い。道具の使用というのは実に優れた考えである。 塀より高い(長い)頑丈な棒なら、物干し竿でも旗竿でも高枝切り鋏でも何でも良い。 棒を塀に立てかけて固定し、例えば「のぼり棒」の要領で上がったらどうだ。 これならば、体力さえ続けば3階の窓までだって上れる。 問題は、後に露呈する史緒の持久力の無さと、この絵のどこにも竿の類が見当たらないことだ。 使い終わった竿を手放せば竿は地面に転がって画面から姿を消すが その場合、帰りには3mを飛び降りなければならない。これは危険だ(注4)。 更に、鉄パイプのようなものを持った女が深夜に住宅地をうろついていたら 地域の善良な市民から不審人物として通報されかねない(注5)。 物干し竿は使えない。そして、使っていない。 物干し竿がダメなら、別の道具を考えよう。例えば「猫」だ。 3人娘にとって大天使の先輩に当たる由良更紗は、飼い犬から「くわ」の極意を教わった。 犬が跳ぶなら、猫はもっと跳ぶ。猫は自分の体長の5倍の高さを助走無しで跳ぶそうだ。 3人娘の背中には、既に「飼い猫」の域を脱して本体と一体化してしまった猫がいる。 その力を借りられるなら、たかが身長の2倍足らずの塀ごとき、3人娘には役不足かもしれない。 しかしこのとき、3人娘の服装は寝巻き、部屋着代わりのジャージである。 聖ミカエルの乙女達が外出するにふさわしい衣装とは思えない。 塀の上の3人は猫をおろした素の3人なのである。ゆえに猫の躍力を借りることは期待できない。 昭和末期の日本にはまだ火星人は上陸していないので、くつくつ虫の[角力]斗雲も使えない。 10mの脚で塀に乗り、縮め、降りるために再度伸ばしたら…願いは3つ。脚はもう一生そのままだ。 左右でイオン化傾向の異なる金属質の触覚。どう役立てるべきか考え付かない。 5歳の頃に助けた小人から「語学力+新機能(塀往復)指輪」を貰ったと考えるのはどうだ? いかん。柚子「英語もロクに喋れんのに」和音「なんでえなんでえ2人とも英語なんか使ってからに」 そして史緒は朝の教室で「重要英単語1200語」を広げている。要するに誰も指輪は持っていない。 では、柚子の母は妊娠中にハシゴにばかり異常食欲を示し、柚子は笑うと梯子を産む体質に。 これならば「出す→上る→捨てる→また出す→安全に降りる」が可能となるが はて、この大真面目な論の中にそのようなトンデモを持ち込んで良い物か。 塀の裏に椅子や植木台など踏み台が転がっていた、ブロックの端が崩れて階段状になっていた、 隣の家が格子に組まれた竹垣だった、などと考えるのが常識的であろう。 とはいえ、トンデモを全否定したらマリーニ神父や12人の女子高校生たちが救われない。 ここは、メンデレーエフ様の怪力が去った後に後遺症的に邪悪な跳躍力だけが残った。 とか想像した方がよほど楽しい。 和音、五輪に出られたかな。メンデレ・ガスの残留成分がドーピング検査で引っ掛からねば良いが。 (きょ、巨大化した史緒なら塀なんかひとまたぎ、というのは考えずにおこう) ☆
ここまで来たら、先に「今は見るな」と言った動画を見て欲しい。 「どーやって、ゴールネットに乗るかの問題」Lehtonenの場合の解答だ。 右手でホッケースティック(ゴーリー用)の上端を握り、左手をゴールポストにかける。 右腕を引き、左手で押し、おそらく少しは脚力も使い、ひょいと飛び乗った。 スティックはパックを打つための道具だ。人間の体重を支えるように設計はされていない。 薄い先端に全荷重110kgをかければ、たぶん折れる(割れる)。 また、前述のように、ゴールポストに全体重を預けることも危険である。 だが、体重の半分をスティックに、残り半分をポストにかけるなら、実は大丈夫だったのだ。 あるいは5:5でなく4:6とか31:69とか、極秘の黄金比率があるのかもしれない。 だからこそ「誰もまねできない」のだ。凄いぞLehtonen。そんな技を磨くヒマあったらSv%を上げろ。 それはともかくLehtonen、2014ソチ五輪、フィンランド代表選出おめでとう。 頑張ってお日様色のメダルを持ち帰っておいで。 尚、3人娘がこの方法で3mの塀に乗ることは不可能である。だって左手が塀の上に届かない。 翁竜に「伸縮自在の手足」を貰うというのは無しだろうか…
注A:ゴールテンダー。キーパーとはあまり言わないが、サッカーのそれと役目は大体同じだ。注B:バスケットボールにおけるジャンプボールのような物。 注1:リンク中央のフェイスオフスポットからゴールラインまでの距離は89フィートである。(NHL規格) NHLオールスターの余興として計測されるシュート速度の歴代記録は108.8mph(2012年)である。 ゆえにフェイスオフスポットからゴールラインまでの所要時間は0.56秒弱である…筈だ。 (「フィート」と「毎時マイル」から「秒」を導けというのは藤枝さんでなくとも困難な計算だ) 計算上は2秒半あれば4回のゴールを決めることが可能ということになる。 なお、高速のパックは氷の上を滑って移動するのではない。空を飛んでいるのである。 摩擦抵抗による減速はほとんど無いと考えて良い。 注2:ゲームスポンサー的にはタコブエノのチップス(≒ドンタコス大元帥)の方が良いか。 分厚い手袋を嵌めているので麦チョコをつまんで食べるのは難しいと思う。 尚、ゴーリーは、氷上に水筒を持ち込むことを公式に許可されている。 (ゴールネット上部に水筒を固定する装置がある) 食品の持ち込みに関するNHL規則は見たことがない。 NHLルールブックは持っているが英文なので読めない。ああ指輪が欲しい。 注3:日本陸連は「塀高飛び乗り」の公式記録を計測してほしい。 注4:ズ…ルッとこけた柚子さんの無事を祈りたい。 注5:棒が無くても、塀に乗ってる時点で怪しい人だ。 「もしもし?聖ミカエルさん?おたくの生徒さんが「また」うちの塀の上でお菓子を食べてるんです」 とかって通報されたら恥ずかしすぎるし、そもそも不法侵入だろう(注6)。 冬休み前の終業式で学園長は「他所の御宅の塀に上らないよう」注意しなかったのだろうか。 注6:アイスホッケー的には、パックがゴールラインを完全に越えたときに得点が認められる。 パックがライン上で止まったら(止められたら)それは「ノーゴール」なのだ。 塀の上の3人娘の体は、公道と私有地の境界線(塀)を完全には越えていない。 体の一部(膝から下)は公道側に残留しているので、この段階では不法侵入には当たらない。 …あくまでホッケー的に。日本の法律は知らない。友理か雅斗さんに聞いてくれ。
2014.1.10 |