応援中

帰れなくってもかまわない わしらのチームの為ならば
 応援 応援 応援中
川原泉『メイプル戦記』より

 

NHL(注1)プレーオフ(注2)西地区準決勝、ダラス・スターズ対サンホセ・シャークス。
5月4日夜8時10分に始まった第6試合は、20分×規定3回を終えて1対1の同点だった。
サドンデス延長に入る。予定よりも帰宅が遅くなるが、そんなのちっともかまわない。
あと1つ勝てば8年ぶり地区決勝進出のダラスのファンは、思い切り熱くなっているのだ。
立ち上がり、指笛を吹き、応援用に配られた白タオルをぶん回す。
力強い拍手がわんわんと響く。最後列席の人は背後の金属壁をがんがん叩く。
どこかから沸き上がったLet's go, STARS! Let's go, STARS!の声が、瞬く間に会場中に広がる。
みんな全力でわしらのスターズを応援、応援、応援中だ。
たまらなく幸せなひととき。
このままずっと、いつまでもこの試合を見ていたい。帰りたくない、とさえ思う。

しかしながら、である。

日付がかわって5月5日、午前0時10分。
氷上を2台の製氷車が走っている。
現在、17分間の休憩中…試合は未だ終わっていない。
20分間の延長は互いに一歩も譲らず、続く第2延長も両者無得点のままだったのだ。
明日、んにゃ「今日」も定時に出勤せねばならない勤め人は、見切りをつけて帰って行った。
眠ってしまった幼児を抱いた母さんたちも消えた。
我が子の体に障るなら、帰るよりほか道はない、わしらのチームの為なれど。
世の中、ホッケーだけで回ってるわけじゃないのである。現実は厳しく、淋しい。
残った客は7割くらいか。私も、まだいる。
わしらのチームの為ならば、帰れなくっても仕方無い。
だけど、できたら早く帰りたい。もう疲れたよ…
それなのに嗚呼、中央大画面には「臨時交通情報」が映し出されている。
「高速30号はベクリー通りにおいて両方向とも封鎖。トリニティ川の橋に穴が開いた為」
30号線はダラスの大動脈。問題の橋は会場すぐ近くだ。影響を受ける人、たぶん多数。
帰れなかったらどうしよう? ま、迂回路は複数あるんだけどさ。

午前0時22分、第3延長開始1分前。
選手たちがロッカールームから氷上に戻ってくる。
が、それを迎え入れる観客に初めほどの勢いは無い。
選手に届く、会場いっぱいに響き渡る大きな拍手をするにはコツと力が要るのだが
コツはともかく、皆、明らかに力が足りていない。
体力の限界。
隣の席の中年男は、窮地にも好機にもほとんど反応しなくなった。
審判の理不尽な判定に抗議を示すこともない。
虚ろな目をして座りこんだままである。
前の席の10歳くらいの少年は、座席に深く埋まって眠ってしまった。
元気なのは、もともと夜行性で体力を持て余した若者たちだけ。
でも奴らの自棄っぱちの大声が中高年の疲労に拍車をかける。
私は腹が減り、不機嫌になっている。
さっさとゴールしろ、わしらのチームでなくってもかまわない、終わって帰れる為ならば。ああ。

第3延長09分50秒、敵・サンホセの17番がスターズのゴールにパックを叩き込んだ。
右手のスティックを振り上げ喜ぶサンホセ29番。片がついたかに思えた。
が、我らがゴーリー(注4)Turcoも超人的な好守備を見せていた。
パックはゴールライン上に倒れたTurcoの体の下にあるらしい。
ものすごく微妙な位置。
審判団は、カナダはトロントにあるNHL本部の裁定を仰ぐ(注5)。
連絡を受けた本部ではおエライ様方がビデオを確認する。
ゴール右からの映像、左からの映像、真上からの映像。繰り返し、繰り返し…。
仮にゴール有効と判断されれば敵の勝利で延長終了、全員家に帰れるのに、
なのに疲れ切った1万数千人は、最後の力を振り絞り、声を合わせて連呼する。
No Goal, No Goal, No Goal, No Goal, No Goal…
審判が、本部との通信用ヘッドフォンを外す。
両手を横に水平に開く。「ゴールを認めず」だ。
総立ちのファンが歓喜する。両拳を突きあげる。私もやっぱり一緒に絶叫する。
もういい、帰れなくってもかまわない、わしらのチームの為ならば。

午前0時54分。結局、第3延長20分も時間切れ終了で製氷/休憩に入った。
本来の試合は3回だから、ここまで既に2倍の時間を戦ってきたことになる。
野球で言えば延長18回、甲子園なら引き分け再試合になる回数である。
でも、NHLプレーオフには引き分けがない(注6)。どちらかが得点するまで永遠に続くのだ。
あるいは一方の選手が1人残らず倒れ、試合続行が不能になるまで…?
実際、既に敵は1人が氷上に頭を強打し退場している(注8)。まさに死闘である。
観客は辛いが、選手・カントクたちはそれ以上に大変だろう。
ポンポン持ってずっと踊り続けのアイス・ガールズのねえちゃんたちだって苦しいと思う。
製氷車の運転手さん、試合開始前から立ちっぱなしの案内/警備係さん、
音響さん、照明さん、そして私には想像もつかない沢山の職種の会場裏方さん。
売店のお兄ちゃんたち。記者席にいる報道各社の皆さん。
終了後の交通整理と万が一の暴動に備え周辺で待機しているお巡りさん。
どんな真夜中になろうが必ず1本は臨時運行される帰りの電車の運転手さん。
そして審判団、記録員、NHL本部@トロントのエライ様方。
帰れないのは観客だけじゃない。でもみんな耐えている。
(特にトロントは時差がある…私たちより更に1時間分眠いはずだ!)
負けるなスターズ。そして不本意ながら、シャークスたちにもエールを送ろう。
みんな頑張れ。私も頑張る。帰るのはもう諦めた、わしらのチームの為ならば!
あ、3階オーナー席にハル君(注9)発見。彼も帰るに帰れないんだ。
見ててね、見ててねハル君、わたしら頑張るから。

午前1時11分、第4延長開始。電光掲示板には規定回からの通算で「7回」と表示されている。
この回で決まらなかったら7回屈伸、Take Me Out to the HOCKEYgame を歌うのかな。
♪I don't care if I never get back. Let me root, root, root for the STARS!(注11)
…1・2・3できみアウト♪の部分はどう替えて歌えばいいのかな、と余計な心配したりして、
でも、その必要は無かった。

第4延長08分14秒、敵の51番がトリッピングの反則でペナルティを食らう。
ダラスは2分間のパワープレーを奪取。
パックがModanoからRibeiroへ渡り、Robidasが打ち、Morrowが押し込み、
、、、、不思議な静寂、なんか無かった。
怒濤の歓声、嵐の拍手、雪崩の紙テープ。
第4延長09分03秒、スターズ勝利。
午前1時24分。試合開始から5時間14分目だった。
なお第4延長09分は、我らがスターズ史上3番目、NHLとしても8番目に長い試合である。
スターズの勝ち試合としては最長になった。記録誕生に立ち会えて嬉しい。
勝ったのは、もっと嬉しい。そして何より、帰れたことが…


注1:北米アイスホッケー・リーグ、合衆国とカナダの全30チームで構成される。
注2:NHLの最高栄誉スタンレー杯を目標に16チームがぶつかりあう4戦先取式トーナメント。
  レギュラーシーズン(注3)の東西両地区上位各8チームが出場する。
注3:10月から3月末まで6ヶ月かけて行なわれるリーグ戦。各チーム82試合をこなす。
注4:正しくはゴールテンダーと言うらしい。ゴールを守る役目の人だ。
注5:審判は所詮、行司さん。土俵下審判@トロントのビデオ判定が最終的には「絶対」である。
注6:レギュラーシーズン中は5分間の延長で決まらなければ即SO(注7)(2007-08年現在)。
  プレーオフにも最長延長規定を設けようという声はあるが、きっと実現しないだろう。
注7:シュートアウト。サッカーのPKのようなもの。
注8:と認識してたのだけど、後で報道を見直したら実は負傷箇所は主に肩だったらしい。
注9:Brett Hull君、実際の発音は寧ろホールに近い。でも日本語表記はハルが一般的。
  我がスターズの社長兼ゼネラルマネージャー(食堂のオバサンは兼任してない)。
  99年スターズ全国制覇時の疑惑の決勝ゴール(注10)を決めた人。
注10:誰が見てもゴールクリース侵犯だ。でも審判員の判定には素直に従わなくっちゃ(はーと)
  相手のバッファロー・セイバーズは9年を経てまだこだわっている模様。
注11:root for the home team の部分は、ホームチームの具体名を入れて歌う。
  少なくとも Texas Rangers のボールパークでは。よその球場のことは知らぬ(注12)。
注12:2016年夏、初めてよその球場に行った。そこでは「for the HOME TEAM」と歌っていた!
  まあびっくり^^ ちなみに場所はアトランタ。

 

そういやメイプルスにはあまり長い試合はなかったよね?
ざっと読み返した範囲で延長の描写は見当たらないし(あったら失礼)
(開始時刻が不明だけど)ラグビーの得点みたいな乱打戦でも9回表を終えて10時前だし。
深夜1時半まで球場に残ってる大勢のファン、へろへろになりながら実況を続ける穴田さん、
ベンチでお肌の荒れを気にする笑子さん瑠璃子さん、なんてのも良いと思うんだがな。

2008.6.4 (2016.07一部加筆)


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