ダラスの月 2002年11月9日17時50分(米国中央時)

…ありゃ もーこんな時間か

お―… 今宵は三日月か〜 重畳重畳
川原泉『中国の壺』より

 

「こんな時間」とは、午前2時25分のことである。
安曇の志姫の部屋の時計が正確だという保障はないが
あの口数が多くやかましい趙飛竜が側にいるのだし
10分も20分もずれたまま放置してあるとは思えない。
誤差はせいぜい±5分程度だろう。
趙飛竜の故国の時間に合わせてある可能性はあるかもな。
その場合は、日本は3時25分頃ってことだ。
時計を見て、1人ぶつくさ言いながら庭に出て
見上げた空には綺麗な三日月

………え?


私の出身高校の理科の科目は物理・化学・生物だけだった。
地学は先生がいなかったんだ。
だから私の天文学知識は中学卒業レベルでしかない。
が、中学生の知識でも判ることはある。
中1の国語で蕪村の「月は東に日は西に」を勉強した。
その情景を絵にする(俳画を描く)という課題が出され
私は画用紙の右に赤い夕日を、左に黄色い三日月を描いた。
そして嗤われた。
だから私は知っている。夕方の東の空に三日月は出ない。
三日月は、太陽のそばに見えるものなのだ。
従って深夜2時半(あるいは3時半)の空に三日月はない。
絶対にない。


とすると、仁科家の庭に浮かぶこの三日月形をした物は何だろう。
答え、月の手前に空と同じ色の丸い風船が浮いているのである。
勉強で疲れた眠たい目では、風船の輪郭が見えなかったのだ。
志姫ちゃん、深夜に三日月は見えないことを知らないのかな。
あんまし賢いタイプでないんだな。
数学58点だし。

この三日月のような物が実は三日月ではないことは
その前日(日付の上では前々日)の月の姿が裏付けてくれる。
もしも「重畳重畳」の月が真に三日月であった場合、
その前日、仁科の父ちゃんがお帰りになったときの月は
三日月よりも更に細い月であったはずだ。
が、しかし、この空に昇っているのは半月よりも太い月だ。
新月から2日目の月とは到底思えない。
だからやっぱり、午前2時半に志姫ちゃんが見たのは月と風船だ。
ちなみに、父ちゃんが帰って来たときの欠けた月、
これは風船の影ではない。
月は動いているのだ。
2度も続けて当にドンピシャな位置に風船があることなど無かろう。
これは、月食である。
満月の一部に地球の影が落ちているところである。
ほら、突然の天の異変に怯えた犬が野生に返って遠吠えしてる。
ワォ〜〜ン ワンワン。

 

 

川原世界では、月食は頻繁に観測される。
例えばカーテンを纏った少年がひらひらと踊る公園で
だんだん月が欠けていく。
こんな変な形の十六夜だの立待月だのがあってたまるか。
単行本p140(文庫p290)の7、8コマ目、これは月食なのだ。
連続絵のように見えて紛らわしいが
9コマ目の「夜ごとに月がやせ細る」、
これは夜ごとにやせていった末の24〜27日位の月である。
でも5月だと、3時頃にならんと暁月は地上に顔を出さないぞ。
高く昇るには更に時間がかかる。
江藤の奴、2時間近くも踊ってたんだ。
剣道部主将、さすが体力あるな。

西暦1500年のローマでも月食は起きた。
ヴィラ・ローザに四角が忍びこんだ夜である。
文庫本で153、156、160の各ページに描かれた月は
時間が経つにつれどんどん細くなっていく。
これはどう考えても月食の始まりである。
p160の図は月食としては少々変だ。
日食ならば「金環食」というのがあるが、月食の場合は…
まあ、デフォルメされた月食、とでもしておこうか。
とすると、その翌日のp194の月はこりゃ何だ。
2日続けて月食が起こることはない。
まして月食の翌日に三日月が出るなんて絶対にありえない。
しかし15世紀のローマにヘリウム風船があったはずもない。
答えは単純、月の一部を雲が隠しているのである。
雲だから輪郭線はぼやけている。
p200の雲も然り。
p196の雲のうち2つは妙にはっきりした線が出ているが
漫画である。単純化しただけだ。

 

 

とは言え、太陽と地球と月が一直線に並ぶ特殊な状況が
そうそう頻発しちゃっちゃあ困るんである。
肉眼で判る本影食なんざ、1度も起きない年だってある。
例えば1984年。この年、本影食は1度も起きなかった。
この年4月、由良更紗が考え事をした夜の空の欠けた丸は
だから、月食によって欠けた月ではない(注1)。
無論、こんな変な形の三日月があるはずもない。
とすると、これは何だ。
答え、これは丸い電球が2つ並んだ街灯である。
手前の電球は切れてるようだ。管理者に連絡して交換させねば。

篠崎梨生ちゃんが9時までヘルメスの鍵を探し続け
瀬名弓彦君が面妖な事を聞いてしまった夜の空に輝く物。
都心の空には、いろんな物があるのさ。
例えばどっかのビルの明かりが全部消え
屋上の丸い看板だけが光って見えてるとか。

篁近衛くんがさまざまなお話を聞いてしまった日の夜空に輝く物。
これは、篁くんの家の窓から篁君が見た景色である。
白い丸い輪のような物は、おそらく鳥の糞に違いない。
縁だけが丸く堅くこびり付いちゃって、拭いても取れなかったのさ。

覚くんがゲイラカイトをあげた日の夜空に輝く物。
これもたぶん、窓からの眺めだな。
小学生の覚くんが窓に丸いシールを貼っちゃったんだ。
ばあやが剥がそうとしたんだけど、糊がべったり残っちゃって…。
隅の方に一部分だけきれいに剥がれてる部分があるのはね、
シールを貼るとき、ガラスに運良く埃が付いていて
そのため、その回りだけはガラスと糊が直に接してなかったの。

 

 

柿ノ本諒子さんが野菜泥棒をした夜とその翌日の空の月。
さらにその後、姉妹そろってパセリをちぎった夜の月。
暮林先生の別荘の桃の木の梢の上に輝く月。
篠崎梨生のバイトが決まった夜の月と
翁竜さんが巧兄ちゃんの部屋で寝込んでいた夜の月。
この辺は、月食でも鳥の糞でもシール跡でもなく
本当の三日月(2〜5日頃の月)である可能性が強い。
この季節、この時刻にこの位置にある月ならば
もう少し太い5、6日目の月であるはずだけど。
この細さの月なら、もっと低く地平線近くに沈んでいるはずだけど。
こんな高くにこんな細い月があるのは、もっと早い時刻だけど。
細かいことを気にしないなら、これらはちゃんと三日月なのだ。

司城史緒さんが見た事もない兄ちゃんの後ろを歩いた夜の月。
ハナマル公園のお茶会の前夜の月と
その2日後、女王ベレニーチェがぶくぶくと沈んだ夜の月。
ロレンスの巨大な2DKに史緒さんと柚子さんが到着した夜の月。
これらも本物の2〜5日の月として支障なさそうだ。
季節と時刻だけを基に判断するのなら。
でででででも。
―明日は土曜日…/はるか沖の海/泣きたかったんだよ兄ちゃん…
揃いも揃って三日月の影の部分で輝くこの点々は何なんだ?
月より手前に恒星なんてあったっけ。
と、やっぱしこれは三日月ではないのかもしれない。
満月の手前に丸い未確認飛行物体が存在してるんだ。
白い点々はUFOの窓から漏れてきた明かりなのさ。
ミュインミュインミュイン。
あ、このUFOは昔、K県I市の姫野さんちの上空にも現れてるぞ。

月森仁希と真舟友理がウソつき小人に誘われた夜の月はどうだ。
仁希が勉強を始めたのが夜11時、三日月はとっくに沈んでいる。
が、これは仁希と友理の夢の中の景色である。
多少おかしな月が出ていたとしても、それは大した問題ではない。
気にすまい。

 

 

さて。
ここから先は、ヒマなあなたにも一緒に考えて貰いたい。

年月日
(注2)
漫画の中での
月(?)の姿
実際の
月齢
備考
'91.7.?太目の三日月-紘子さん、家を出る
'91.7.?変に欠けた満月-高柳監督にコーチ就任要請
'91.7?.?満月-ニポポ寮に高柳コーチ到着
'91.8.?27日目?の月-流花さん特守
'92.3.3太目の三日月29対リンクス(オープン戦)
'92.3.28満月14開幕1週間前
'92.4.4変に欠けた満月公式戦開幕日
'92.4.7極太の三日月メイプルス初戦
'92.4.10満月対グリフィンズ初戦
'92.4.11満月対グリフィンズ第2戦
'92.4.?変に欠けた満月-対タイタンズ戦前夜
'92.4.?+3十三夜-対タイタンズ第3戦
'92.7.18太目の三日月17オールスター初戦
'92.8.18極太の三日月20瑠璃子さん失踪前夜
'92.8.19半月ちょっと前21瑠璃子さん失踪
'92.9.24太目の三日月27タイタンズM6
'92.10.9極太の三日月12ペナントレース130戦目

これは『メイプル戦記』に描かれた月(のような物)と
現実世界でその日に見られた月の形の一覧である。
92年3月28日の満月(実際は小望月)はまあ良いとして
その他は、ことごとく現実世界の本物の月の姿と一致しない。
仮想世界のことだから…と片付けてしまってはいけない。
これらを逐一解釈してみよう。
太陽が2つあるアルシオーネ星系第5惑星オリアスでは
月はどんな満ち欠けをするのかもついでに考えてみよう。

 

 

注1:由良・影浦ペアが一瞬の光芒を放ったのは
1984-85年のシーズンと考えるのが大筋では妥当である。
が、84年の5月1日は火曜であり
「来週の土曜」=「メーデーのこの日」が成立しない。
また「ワインホルトがそれでも42.195kmを完走した」のは
85年11月の東京女子マラソンでのことなので
84年の夏の時点で影浦さんがそのことを予知できるはずもない。
以上の2点から、由良・影浦組の活躍時期に関しては疑問も残る。
今後の研究課題としたい。


注2:スイート・メイプルスがセ・リーグ初優勝をかっさらったのは
1992年のシーズンと考えるのが大筋では妥当である。
が、プロ野球規約が改正されたのが91年7月15日である以上
選手募集記事が載った「月刊スポーツマガジン」7月号というのは
実は92年の7月号なのではないか。
新球団入団テストが行なわれた91年7月6日というのも
実は92年7月6日の間違いなのではないか。
と、メイプルスの初優勝は翌93年の出来事ということにる。
この点も、今後さらなる研究を重ねたい。

2002.11.21


表紙へ/くつくつ一覧へ